本年度は、これまでに得た分析結果を再検討し、さらに分析の精緻化を行った。具体的には、消費のオイラー方程式に弱識別問題に対してロバストな検定法を適用し、弱識別問題が異時点間代替の弾力性などの選好パラメータの推定値に与える影響をより詳細に分析した。先行研究において一般的に用いられる安全資産収益率に加え、資本の限界生産性をもとに計算した収益率も分析対象とし、収益率ごとに2種類のS集合と呼ばれる弱識別にロバストな信頼域を推定した。1つは異時点間代替の弾力性と選好ウエイトと呼ばれる変数からなる2次元S集合であり、もう1つは異時点間代替の弾力性のみの1次元S集合である。これらを弱識別問題が無いとして導いた通常の2次元信頼域と信頼区間と比較した。また、効用関数を一般化し非ホモセティックな選好を許容する場合についても新たに分析した。 本研究によって以下のことが明らかとなった。第1に、安全資産収益率を用いた推定では、2次元S集合と2次元信頼域は一致しない。特にこれは異時点間代替の弾力性に顕著であり、2次元S集合は異時点間代替の弾力性が30を超える広い領域まで含む。同様に、異時点間代替の弾力性の1次元S集合も通常の信頼区間と一致せず、より広い区間をうむ。第2に、資本の限界生産性をもとに計算した収益率を用いた推定では、こういった弱識別問題はほとんど見られない。第3に、弱識別問題を考慮しても1財モデルを用いる限り、異時点間代替の弾力性の推定値は下方バイアスを持つ。以上の結果は、従来の弱識別問題を考慮しない推定や検定方法を用いると誤った統計的判断を下す可能性が極めて高いことを示唆している。これまで日本のデータを用いて弱識別なった点と考えられる。問題の影響を示した先行研究はほぼ皆無に等しく、これらは今回の試みによって初めて明らかになった点と考えられる。
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