小笠原諸島には、1830年以降、欧米諸地域や太平洋・インド洋・大西洋の島々から、入植者、寄港船からの脱走者、漂流者、略奪者など、雑多な人びと(以下、子孫を含め先住移民と表記)が上陸・移住してきて、同諸島を結節点とする自律的な生活世界を形作っていた。だがこの島々は、日本帝国が形成される過程で、「小笠原島回収」の名の下に占領され始める。それまでに世界各地から移住してきていた先住移民は、日本帝国の出先機関の説諭と命令によって、1882年までに全員が臣民に編入され、「帰化人」と呼ばれるようになった。かれらは、次第に「異人」などと名指され差別の対象となっていく一方、臣民の一員として日本帝国の戦争に動員されていく。 本年度は小笠原諸島現地で行った資料収集とインタヴュー調査、また各地で収集した文献資料の検討に基づいて、20世紀前半の小笠原諸島に関する考察を重点的に行った。第一に、日本帝国による国境や法の再編・再設定のために、先住移民がいとなんできた自律的な経済活動が切り縮められていく中で、かれらが従来の労働技術を組み替えながらしたたかに生計を立てていくプロセスを検討した。第二に、父島が日本帝国の軍事要塞=秘密基地となり小笠原諸島における法や社会秩序の再編が進み、先住移民の生活習慣や言語(英語)使用の領域が監視・禁圧の標的となっていく中で、かれらが生活世界を巧みに再編しながらマイノリティとして生き抜いていくプロセスを分析した。 また本年度は、19世紀から20世紀初頭の小笠原諸島を中心とする歴史社会学的研究をまとめた博士論文(既提出)の考察に、20世紀を対象とする本研究課題の成果を加えた、著書(単著)をまとめあげ、『近代日本と小笠原諸島-移動民の島々と帝国』と題して平凡社から公刊した。
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