第1に、本年度も「ひきこもり」支援施設でのフィールドワークを継続した。一つの焦点であった支援施設と精神医療あるいは精神医学的知識との関係性について、さらに情報を収集するために、とくに施設と協力関係にある地域のメンタル・クリニックを見学し、代表医師および作業療法士にインタビューを行った。また、クリニックで開かれている統合失調者の自助グループに参加させていただいた。知見の一つとしては、当該クリニックでも10年近くデイケアを展開してきたが、医師および作業療法士の共通する見方として、症状、病名分類的には異なる人々の混成性が集団としての活力を上げることがしばしば経験されており、混成性をとくに問題視はしていないことである。「ひきこもり」についてのガイドライン作成でも中心的な役割を果たした医師は専門雑誌において、こうした混成性を否定的なものとして捉えているが、精神医療内部での統一的な見解とは必ずしもいえないことが伺える。その意味では、民間支援施設においては、諸々の社会的条件・事情によっても生み出されてきた支援方法が、逆に精神医学・医療において優勢な見解に対して一定の示唆も含む可能性が、経験的にも高められたといえるだろう。その他、一支援施設で運営されている「親の会」での観察も含め、混成性がもつ困難と同時にそれがもつ社会的可能性について論文を執筆した(現在、「ひきこもり」についての論文集を編集しており、そこに収録される。出版は2008年8月を予定)。 第2に、「ひきこもり」支援活動において中核的なアイデンティティをめぐる問題について、さらに検討を続けた。2007年には、施設内の対人関係・コミュニケーションについての観察およびインタビューに基づいた、「相互行為儀礼と自己アイデンティティ」を『社会学評論』で発表したが、さらにより一般的な若年者におけるコミュニケーション様式との関わりについても論文を執筆した。こちらも上記の書籍に収録される。この論文では、やはり施設利用者のインタビュー・データが中心的に検討されるが、ルポルタージュ・手記等で入手できる「語り」も大幅に取り入れ、合わせて検討した。その結果、「ひきこもり」者についてしばしば論じられる、他者からの理解を過剰に期待するがゆえに、現実の対人関係が営めないといった仮説が、必ずしも支持されないことが確認された。「ひきこもり」者についての一枚岩的で単純なイメージが流布される傾向に対して、より複雑な像を提供する論考となっている。
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