本研究は、固有性がもっとも焦点となる局面一つである末期に注目し、末期患者とその家族に看護職がどのようにかかわるかを検討した。看護職は、患者と「深くかかわる」ことを重視しているが、その内実とは、患者の固有の身体・生活・生活史などを知りつつ、自身もまた患者への「思い」を抱くようなかかわりである。にもかかわらず、看護職は同時に、自身が家族と異なることを強調している。「家族のように」と言いつつ、「のように」であって「家族」そのものではないことを強く意識しているのである。 具体的には、まず、患者の家族を前にしたときには、自身がさまざまな「思い」を抱いていても、患者の家族への配慮を優先させる。それは、患者の家族が患者に対して拒否的にあったり配慮に欠けていたりすることが珍しくないことからすれば、「深くかかわる」姿勢と矛盾を孕んでいる。にもかかわらず患者の家族への配慮を看護職が重視するのは、患者が家族とかかわって生きている個人であり、家族を通して患者の異なる姿が見えてきたり、家族への配慮が患者の望みの中に既に含みこまれていたりするからである。そう認識し、患者を支えようとするがゆえに、看護職は「深くかかわる」と同時に、家族と自身を区別する。 また、患者の死後には、自身の家族を失ったときとは異なり、特定の患者の死にだけ強いショックや思いいれを示すこと(たとえば墓参りに行くことなど)は避けており、また亡くなった患者への思いは次の患者へのケアに生かしていくのだと強調している。こうした言明は繰り返しなされるものの、特定の患者に「深くかかわった」がゆえの葛藤は残されており、矛盾する二つの捉え方を試みているというべきである。そして、矛盾する二つの捉え方を同時に試みるのは、そうすることで目前にいる患者に対して、看護職としての責務を果たし、その人に寄り添う人がいなくなってしまうような事態を避けるためである。 このように、末期患者とその家族に対する看護職のかかわり方は、相矛盾するものを同時に実践するものである。これは、まずは、看護職が固有性に応じたケアをその職務として自認しているためである。だが、本来的には、死んでいく人を自身にとっての他者であると認め、死にゆく他者に生者が寄り添おうとするときに、必然的に課せられる課題でもある。固有性に応じたケアといったときには、こうした相矛盾する要素が同時に求められるときも多々あるのである。
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