本研究の目的は、核による被害からの救済が十全であるためには、どのような社会的救済の仕組みが必要なのか、を司法的救済、行政的救済、医学的救済とのかかわりのなかで明らかにすることである。ここでいう核による被害とは、原爆被爆者はもちろん、「核の平和利用」とされている原子力発電などの核エネルギー開発利用にともなう被害者や被曝者まで含めた、いわゆる「ヒバクシャ」が被り、そして現在なお経験している健康被害、精神的被害、差別そして生活破壊等を含めた負の総体のことである。 研究の最終年度である本年度は、茨城県東海村の核燃料加工施設JCOの臨界事故によって被害をうけた地元住民に対する聞き取り調査などや、原子力開発利用をめぐる社会科学的先行研究をふまえて、核開発利用にともなう被害住民が、当地でよりよく生活し続けるためには何が必要か、考察するための理論枠組みを構成する作業をおこなった。 従来の研究が、核開発利用や原子力政策について立揚性を公然と表明して関与する諸主体(とくに対抗的な諸主体)に注目をして、そうした立場性を表明して関与する諸主体の特性や可能性について検討してきた。対して本研究は、先行研究の重要性をふまえつつも、核被害が現実化し、なおかつ核施設が立地している地域に居住している地元住民の現実をふまえるならば、核や原子力政策への立場性を表明し関与するのとは異なった主体のありようも同時に視野に収める必要があると考え、そうした主体のもつ可能性を生活技法という観点から考察しうるような枠組みを構成した。 本研究の成果は、九州人類学研究会の「社会批判の社会学・人類学」セッションで報告した(「それでもそこで暮らし続けるためには〜原子力施設立地地域における住民の生活技法〜」『九州人類学会報』35号、2008年に掲載予定である)。
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