本年度は、美術を専攻する大学生とともに研究会を組織し、作品制作過程における内的体験を問うことから始まった。作品を制作する過程において、どのような心的プロセスをたどるのか、その言語化を求めたが、そこから浮かび上がってきた事実には明瞭になった点と困難な点と両面存在した。ポジティヴな点としては、まず、制作過程はその心的なプロセスとパラレルになっていることが報告された。それはたとえば、こころの中の葛藤や迷いを抱えているときに、それが直接・間接に絵に現れていると云うことであったり、そうした主題で描いていないにもかかわらず絵を描き終えたときにある葛藤が(なぜか)解決していると云うことであったりといった体験の存在が報告された。しかしその一方、あまりにもそれがプライベートな事柄であるため、それを言語化するのは困難であることや、また、絵でしか表せないことを言語の水準に引き上げてしまうことの難しさも感じられた。それは、想像の翼を無理矢理もぎ取るかのような、心理臨床的配慮を欠くと思わせる体験であった。 研究会でのこうした報告を背景に、バウム描画過程の心的ふり返りは、「ゆらぎ」体験を媒介としたとしても、想像以上に困難であることが推察された。そこで、「描かれた描画に対して、描画でメッセージを返す」という手続きを取ることで、新たな局面を切りひらこうと考えた。具体的には、バウム画を数点選び、その絵に対して「メッセージを返すとしたらどのように描くか」を質問紙で問うた。この質問紙調査にたいする分析を行い、次年度において、描画に対して描画でメッセージを返すことの意義と、さらに、バウム画そのものが持つ象徴性について、学会発表を行う予定である。
|