わたしたちが乳幼児に話しかけるとき、声が高くなり、口調がゆっくりになる。さらに、抑揚をつけて話すようになる。また、「あんよ」、「ねんね」、など幼児語を使って話すことが多くなる。マザリーズとよばれ、ほぼ全ての言語圏・文化圏で見られるこの現象の脳内メカニズムを探った。言語学的にマザリーズは韻律的な側面と語彙的な側面を合わせもつ。生理学的には韻律情報は右脳語彙情報は左脳に分かれて表現されている。しかし、マザリーズの場合2つの情報が同時に表出されるため機能的に融合しており、そのため脳内表現も部位の融合化が見られるのか否か、また育児経験、男女差などが反映されているかどうかを調べた。この目的のために、生後半年から1年以下の第一子をもっている父親(15名)母親(20名)、および育児経験のない男性(12名)女性(15名)を対象に、マザリーズの脳内表現をfMRIによって調べた。その結果、言語情報の意味理解を司る左脳のウェルニッケ野とよばれる領域において、韻律および語彙情報表現の融合化が見られた。興味深いことにこの融合化は母親群でのみ観測され、さらに右脳に表現されていると予想されたマザリーズの韻律情報が、母親の左脳ブローカ野を賦活した。これら結果は韻律情報が語彙情報を促進していることを示唆し、それが育児経験と男女の違いを反映して表現されていた。母親には当然個人差があり、個性としての社会的外向性をアンケート用紙により調査した。その結果、外向性の高い母親ほど、マザリーズの韻律情報を聞いただけで運動を表現する脳内部位が強く活動することが分かった。この部位は口唇を動かす筋肉を調節する部位であり、母親では慣れ親しんだマザリーズの聞き取り→発話という行動の促通化を表現しているものと考えられた。以上の結果からマザリーズの脳内表現を育児経験、男女差、個人差の観点から調べることができた。
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