研究概要 |
幼児期の音素獲得の順序([p]/[b]->[t]/[d]->[k]/[g])を普遍的制約であると考えられている。一方,各音素の相対的出現頻度は言語によって大きく異なり,この種の多寡が言語処理過程に及ぼす影響も少なくないことが知られている。本研究では,音素獲得で指摘される図式が脳内の計算過程の複雑さに由来するものなのかについて,音素レベルの出現頻度等を考慮して検討している。 前年度は,NTTデータ・べース「日本語の語彙特性」を分析し,出現頻度が発話潜時に影響するか否かの検討を行った。本年度は,話し言葉をベースにしたコーパスを基に音素レベルの出現頻度を考慮した刺激セットを作成し,同じ発話実験を試みる予定であった。しかし,途中,データ・べースの入手が困難になったため,この分析は一旦中止している。 そこで,既に昨年度に作成し実験に使用した刺激セットを用い,最近になってイタリアの研究チームが開発した音声処理に感度の高い発話実験(Laganaro&Alario,2006)を行った。研究代表者は,昨年度,刺激語の音配列の多寡は発話潜時に影響しないが発話長には影響することを報告した。しかし,純粋な遅延発話課題(刺激語提示後,すぐに発話するのではなく,遅延後に現れる合図を待って発話することが要求される課題)ではなく,構音抑制(遅延中に[ba ba ba…]と発音させる)を伴う遅延発話課題では音声情報処理が重要な役割を担っていることが先行研究の結果から明らかになっている(Laganaro&Alario,2006)。よって,研究代表者が使用した刺激セットでも構音抑制を導入すれば発話潜時に影響する可能性が残されている。そこで,この課題において出現頻度の異なる刺激語の発話潜時に違いが認められるか否かを検討した。 その結果,高頻度配列語と低頻配列度語の2つの語群の発話潜時に有意差は認められなかった。この結果は,音の多寡が音声情報処理の負荷に由来するものではなく,構音・調音レベルでの負荷になっている可能性を示唆している。
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