本研究の目的は、単純→複雑という言語 (音素) 獲得で指摘される図式が脳内の計算過程の複雑さに由来するものなのかについて、音素、及びモーラ・レベルの統計的性質に着目しながら検討することであった。具体的には、実験心理学的研究で多用される反応潜時を指標にした発話課題を行い、ヤコブソンが提唱する獲得順序(要因1)に従って発話潜時 (すなわち、脳内情報処理の負荷) がどのように変化するかについて、音素、及びモーラ・レベル (要因2) の出現頻度を操作 (NTTデータ・ベース日本語の語彙特性を使用) しながら多角的に検討を行った。その結果、用いられた発話課題(音韻・音声符号化課題、及び音声符号化課題) において、何れの要因にも主効果、及び要因間の交互作用は認められなかった。本研究計画では、当初、出現頻度の統制にはNTTデータ・ベースに加え、「日本語話し言葉コーパス」を併用することが予定されていたが、残念ながらそこまで検討するには至らなかった。 しかし、今回、目的とは別の新たな2つの研究成果を得た : ひとつは、音韻・音声符号化課題において、隣り合った音が共に現れる頻度 (これをモーラ共起頻度と言う) が発話潜時ではなく、発話の長さに影響していることが、おそらく今回、はじめてわかったことである。ふたつめは、モーラ共起頻度を統制して、単語の類似性を操作した刺激セットを発話させると、低類似語よりも高類似語において発話潜時が短くなる、隣接語効果を認めたことである。これらの結果は、モーラ・レベルにおけるふたつの統計的性質が発話過程において個別に影響している可能性を示唆している。
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