本研究は、地域文化創造活動の中の市民オペラ(および関連するアマチュア音楽運動)について、その発展史を便宜的に「市民オペラ前史(1920-30年代)」「市民オペラ胎動期(1960-70年代)」「市民オペラ発展期(1980年代一現在)」の3期に分け、アマチュアリズムの枠内における「市民の参加」と「(芸術作品としての)質の高さ」との矛盾の中で、いかにして両者を統合した発展を遂げようとしているかについて考察することを目的としている。本年度はその前提として、前史時代の乗杉嘉壽や小松耕輔らの論考について資料収集するとともに、胎動期について市民オペラが誕生する背景を探るために『音楽の世界』や『地域創造』などのバックナンバーや、またケーススタディとして市民オペラ活動の1つのモデルを提供した大分県民オペラや藤沢市民オペラについて、公演プログラムなどの資料収集を行った。 市民オペラ誕生の政治的社会的背景としては、それぞれの地域において活動の担い手が存在したということ、すなわち、音楽の専門教育を受けた高学歴層の輩出とともに、学校の部活動や大学のサークル活動などで合唱やオーケストラなどの経験者が増加したという高学歴化の二つの側面が重要な背景としてあげられる。そして、アマチュアの活動が成熟する中で、うたごえ運動に見られる60年代的な政治性からの脱却が目指される。一方で、各地で「ご当地オペラ」が生み出されていくことからもわかるように、「地域活性化」という新たな政治的課題が付されていく過程も見られる。すなわち、地方においては県庁所在地を中心とする都市部(例:大分)、大都市圏においては60年代の都市への人口移動によって生み出される郊外住宅地(例:藤沢)という、人口漸減地・漸増地双方にとって、市民オペラとは、農村社会に伝えられてきた伝統芸能とは一線を画した「都市による新たな伝統の創出」と考えられる。
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