本年度の課題と成果は次の2点である。 1.芸術教育思想史および美的人間形成論における自律性概念のレビュー 芸術教育思想において自律性概念は中心的に登場することはほとんどなく、創作活動に関しては活動の自発性や個性と並べて語られ、また作品享受に関しては独創的な享受のあり方を形容して語られる傾向にあることが確認できた。美的人間形成論において自律性の概念が頻出するようになるのは「生の芸術(Lebenskunst)」という19世紀末以降の問題領域においてであることが判明した。なおドイツの研究者との交流によって、この問題領域は1990年代以降、ダンディズム再評価やミシェル・フーコーの晩期思想の研究の深化とともに、改めて注目されつつあることも明らかになった。 2.教育に関するアドルノ未公刊資料の調査と分析 フランクフルト大学のホルクハイマー文書館等でアドルノ未公刊資料の収集にあたり、分析を開始した。アドルノの教育論は全集には限られたものしか収められておらず、多くの対談や講演、草案が未公刊のままとなっている。今回は主にアドルノの教育論の草案や学内出版物の原稿、さらに自律性を主題とした対談の記録などを調査し写真撮影によって入手した。調査の結果として、アドルノが芸術教育において自律性概念そのものを主題とした形跡は発見できず、本研究の最初の予定通り、彼の哲学、社会学、美学、教育学にわたる思想全体から自律性概念を分析したうえで、その視座から彼の芸術教育論を検討する作業が必要であることが確認できた。本調査旅行で入手した資料の分析は現在進行中である。
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