前年度は、フェノチアジン誘導体などを光誘起電子供与体に、ジシアノアントラセンなどを電子受容体としてDNA内に導入し、時間分解レーザーフラッシュフォトリシスを行ったが、電子移動に起因する過渡吸収スペクトルは観測できなかった。本年度は光誘起電子供与性のジアミノスチルベンをDNA二重鎖末端にキャッピングするように導入し、電子移動反応性を検討した。新たに合成したジアミノスチルベン誘導体は、波長320〜400nmに比較的大きな吸収帯を持ち、還元電位もDNA塩基を一電子還元するのに十分であることがわかった。電子移動反応性を調べるために、電子受容体としてブロモウラシルをDNA内に挿入し、ゲル電気泳動法により定量したところ、従来の電子供与体と比較して効率よく電子注入できることが明らかとなった。この新規DNAにおける電荷移動速度を見積るためにレーザーフラッシュフォトリシスをおこなったところ、スチルベン由来のラジカルカチオン吸収スペクトルが観測された。しかしながら反応速度が速く、現有の装置で追跡することはできなかった。分子内移動電子により還元され生成する化合物は、電子親和性の高いチミンあるいはシトシン構造由来であると予想される。そこで放射線化学的に電子注入したDNAと、上記の光誘起電子供与体で電子注入したDNAに対して、生成する損傷DNAの同定・定量をおこなったところ、放射線照射により生成する水和電子は、チミン塩基を効率よく還元してジヒドロチミンを生成するのに対して、光還元剤からの電子注入では、損傷生成はごくわずかであった。このことから、後者の反応では逆電子移動反応プロセスが損傷生成反応よりも優先して起こることが示唆された。
|