NMRスペクトルの感度や分解能の向上のため、強磁場磁石を測定に用いることは有効な手段である。NMR用の強磁場磁石としては超電導磁石が一般的であるが、ハイブリッド磁石を用いれば磁場強度を大幅に高くすることができる。しかし、ハイブリッド磁石の磁場の安定度は極めて悪いため、通常のNMR測定では高分解能スペクトルを得ることは困難である。揺動磁場下で高分解能NMRを測定する手法として、昨年度、我々はピックアップ・コイルを用いて磁場揺動成分を補正する方法を考案し、その有用性をKBr試料で実証した。しかし、溶液試料なみの高分解能なNMRを行う場合には、極めて正確な参照信号が要求されるため、この方法では不十分である。そこで本年度はより正確に磁場揺動成分を補正する方法を考案した。 本法では、磁場揺動に伴って生じるNMR位相角を参照NMR信号から求める。つまり、観測用IスピンのNMR信号の測定と同期して、参照用SスピンのNMR測定を行う。参照用信号からNMR位相角の抽出は次の4ステップにより行う。(1)横緩和の影響を取り除く(2)位相部分の実部と虚部の逆正接を算出する(3)位相再構成を行い正しい位相を求める(4)これにIスピンとSスピンの磁気回転比の比をかけて、Iスピンの位相角を求める。このようにして求めた位相角を用いて、観測用信号をdeconvolutionし、磁場揺動の影響を補正する。 本法を実証するため、16.4Tの超電導磁石と、磁場揺動発生用コイルをヘッドに巻きつけたプローブを使って実験を行った。エチルベンセンの^1H NMRスペクトルを揺動磁場下で測定すると、本来のスペクトルとは異なり、非常に複雑なスペクトルとなった。これと同期測定した参照用のベンゼンd_6の^2H NMRの信号を用いて上述の処置をしたところ、静磁場下のスペクトルと同様なスペクトルが再現した。このように、本研究により、極めてシャープなスペクトルに対しても揺動磁場下で高分解能測定が可能になった。
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