本年度は、希ガスクラスターが気相反応場として光化学反応に与える影響を検証することを目的として、20量体程度のアルゴンクラスター上に吸着したアセトン分子の解離過程の観測を行なった. 20量体程度のアルゴンクラスター上にアセトン分子が吸着したヘテロクラスターを生成し、酸素のK吸収端近傍において、孤立したアセトン分子の解離過程との違いを比較検討した.アルゴン・アセトンヘテロクラスターの部分イオン収量スペクトルを詳細に解析した結果、0^+イオン収量がカルボニル基のπ^*軌道への共鳴励起エネルギーで選択的に増加するという結果が得られた.従来の研究では、孤立アセトン分子の内殻励起後の解離過程では、統計的な解離過程が支配的であることが実験的に示されており、ヘテロクラスター内のアセトン分子の内殻励起後の緩和過程は、気相孤立系とは大きく異なっていることが明らかになった.この結果は、内殻正孔の緩和過程において発生する余剰エネルギーや電荷が基盤となるアルゴンクラスター側に移動するために統計的な解離が進行せず、共鳴励起されたカルボニル基のπ^*軌道が持つ反結合性の性質が強調されたものと考えられる. 今回の研究結果により、わずか10〜20量体程度の希ガスクラスター上に分子を吸着させるだけで分子の解離パターンは気相孤立系とは大きく異なることが明らかになった.特に、基盤となっている希ガスクラスターは、吸着している分子の余剰エネルギーを分散させる「バッファ」の役割を果たすことを実験結果は強く示唆しているとともに、気相孤立系においても分子内の余剰エネルギーを制御することで、選択的に化学結合を切断させることが可能であることが今回の結果により示唆された.気相孤立系では「サイト選択的解離」を利用した化学反応制御は困難であるという結論に達しつつある現状に対して、今回の研究によりその実現可能性を改めて示すことができた.
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