これまでの研究により、わずか10〜20量体程度の希ガスクラスター上に分子を吸着させるだけで分子の解離パターンは気相孤立系とは大きく異なることを明らかにしてきた。特に、基盤となっている希ガスクラスターは、吸着している分子の余剰エネルギーを分散させる「バッファ」の役割を果たすことを強く示唆する結果を得ている。本年度は特に、クラスター内の余剰エネルギー分散メカニズムを明らかにするべく以下の研究を実施した。 (1)アセトン・アルゴンへテロクラスターを対象とし、顕著な選択的化学結合切断が観測されたO(1s)→π^*共鳴励起エネルギーにおいて、生成イオンの運動エネルギー分布ならびに緩和経路の観測を試みた。光電子-光イオン光イオン同時計数法を用いて観測を行ったが、非共鳴励起と比較して顕著な違いは観測されなかった。この結果は、共鳴励起後のクラスターは、共鳴オージェ遷移を経由して1価イオンを生成していることを示唆している。 (2)余剰エネルギー分散メカニズムを観測するためには、1価イオンを含めた全てのイオンの運動エネルギー分析が必要であることが明らかとなった。そこで、TOF型分析器と軟X線吸収法を組み合わせた二次元TOF分析法の開発を進め、イオン種・角度異方性・運動エネルギーの励起状態依存性を同時計測する手法を開発した。 (3)水・アルゴンヘテロクラスターを対象とし、アセトン以外の系で顕著な選択的反応過程が発現するかどうか検証した。その結果、水の内殻電子を励起した場合には水由来イオンがほとんど生成しないにも関わらず、アルゴンの内殻電子を励起すると、大量の水イオンならびに水クラスターイオンが生成すると言う結果が得られた。この結果は、内殻電子励起後のクラスター内電荷移動反応が、エネルギー緩和過程において重要な役割を果たしていることを示唆している。またこの結果は、希ガスマトリクスや表面吸着系における水の脱離現象とも類似しており、へテロクラスターを対象とした解離実験は、表面脱離反応のモデル系となりえることが明らかとなった。
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