ヘムや非ヘム鉄酵素による触媒反応において生成する反応性中間体は、生物無機化学や生化学の分野で熱心に研究されている。これらの研究を通じてヘム、非ヘムの鉄オキソ中間体は様々な炭化水素の酸化反応に対して重要な役割を果たすと考えられている。本年度は、Namらとの共同研究により、非ヘム鉄錯体(TPA)Fe(ClO_4を用いたオレフィンの酸化反応に関して実験とDFT計算の両面からその理論的解析を行った。アルキルペルオキソ錯体[(TPA)Fe^III-OOt-Bu]がエチレンを直接酸化する反応経路とO-O結合のラジカル的な開裂を経て生成したオキソ錯体が反応活性種となるふたつの反応経路についてそのエネルギー変化を解析した。構造最適化および振動解析には密度汎関数法のひとつであるB3LYIP法を用い、基底関数にはLACVP^*を用いた。全反応において電荷は+2とした。また多重度はO-O結合開裂過程では2重項、4重項、6重項、基質酸化過程では3重項、5重項をそれぞれ考慮した。また、第6配位子としてアセトニトリルとピリジンN-オキシドのふたつを用い、配位子の違いによる反応性変化を評価した。すべての計算においてJaguar 5.0のプログラムを用いた。基質としてエチレンを用いた。計算の結果、反応の初期段階であるO-O結合開裂の活性化エネルギーは24.5kcal/molであり、アルキルパーオキソ種が直接反応する場合の活性化エネルギー44.Okcal/molより低いことが判明した。このため、鉄オキソ種の生成が速やかに進行するものと予想される。つづくエチレンの酸化過程では、活性化エネルギーの高い第一段階目のC-O結合の生成が律速であることが示唆された。この反応経路はP450の反応と類似しており、実験結果も考慮すると非ヘムのアルキルペルオキソ鉄錯体もまた有用な酸化剤となりうると判明した。また、アルキルペルオキソ錯体の第6配位子がO-O結合の活性化に大きく影響を与えることを明らかにした。
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