我々はこれまでに、カルボン酸と第一級アミンとの塩において、どちらか一方のユニットにアルキル長鎖を導入することにより、サーモトロピック液晶が形成されることを見いだしてきた。本研究では、この酸-塩基二成分液晶を利用し、液晶中に閉じ込められた物質の化学反応について系統的な研究を行なうことにより'液晶反応場'の潜在能力を明らかにすることを目標とした。研究の初期段階として、カルボン酸ユニットとして光二量化能を有するアントラセンカルボン酸を用い、これと両親媒性アミンとの塩が形成する液晶の中でカルボン酸の光反応を行ない、反応効率・選択性を調べた。 昨年度の研究において、代表的天然アルカロイドであるノルエフェドリン類似の骨格を有する両親媒性アミン、ならびにそのジアステレオマーであるシュードノルエフェドリン型の両親媒性アミンの合成法が確立された。そこで、これらの両親媒性アミンが形成する液晶の構造を調べた所、1-アントラセンカルボン酸との塩では矩形柱状液晶、2-アントラセンカルボン酸との塩では層状液晶となることが分かった。 得られた酸塩基液晶を用い、アントラセンカルボン酸の光二量化反応を行なった。この反応では生成物として4種類の位置異性体が生成しうるが、興味深いことに、いずれの場合にも2種類の異性体のみ選択的に合成されることが明らかとなった。特に、ノルエフェドリン型の両親媒性アミンと2-アントラセンカルボン酸との塩を用いた場合には、キラルな異性体が主生成物(生成比70%)となり、その光学的組成に最大で86%eeの偏りが生じた。このように、結晶反応場に匹敵する選択性、ならびに結晶反応場では得難い基質一般性が達成され、本液晶反応場の有用性が示された。
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