バイオミネラリゼーションに倣った溶液からの無機化合物析出法は、人工細胞膜(ベシクル)表面への無機化合物の新規コーティング法として期待されるが、従来のベシクルでは結晶析出過程でその形態を保持できないことが多い。申請者は最近、非常に高い構造安定性を持つ有機-無機ハイブリッドベシクル「セラソーム」の表面が、体液類似環境下において骨の主要無機成分であるヒドロキシアパタイト(HAp)の形成を誘起することを見出している。本研究課題は、この系をベシクル表面への新しいナノコーティング技術として拡張することを目指すものである。 申請者はこれまで基板上に集積させたセラソームに対するHAp析出の評価系を確立してきたが、本研究の今年度においてはセラソームを溶液中に分散させた状態のまま、その表面へのHAp析出について検討を行った。HAp析出法として、京都大学(当時)の小久保らによって開発された擬似体液を用いた手法を採用した。セラソーム分散液を擬似体液に添加すると、その平均粒径が時間とともに増大していくことが動的光散乱の測定により明らかとなった。一方擬似体液と等しいカルシウムイオン濃度を持つ塩化カルシウム水溶液中においてはセラソームの粒径増加は見られなかった。これより擬似体液中におけるセラソームの粒径増加は、表面電荷が負であるセラソームと擬似体液中のカルシウムイオンとの静電的相互作用を介したセラソーム間の会合が要因ではなく、セラソーム表面へのHAp層形成によるものであることが強く示唆された。今後は生成物の詳細なキャラクタリゼーションによりセラソーム表面へのHAp析出を確認したのち、HAp層の厚みや表面被覆率の制御を目指す。あわせて改変した擬似体液を用いることによる、非天然の組成を持つHAp析出系の開発など、セラソーム上への新規無機ナノ結晶のコーティングについて検討を進める予定である。
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