有機結晶の多くは多形現象を示す。多形が存在する場合、ある条件下では必ず1つの多形のみが安定であり、準(不)安定多形は安定多形へと、固相あるいは溶液を介して相変化を起こす。この現象が多形転移であり、前者を固相転移、後者を溶液媒介転移と呼ぶ。固相転移は多形間の自由エネルギー差を推進力とするのに対し、溶液媒介転移は多形間の溶解度差に基づき、溶解度の高い準安定多形の溶解と溶解度の低い安定多形の結晶化によって転移が進行する。一般に、同じ温度条件であれば、固相転移と溶液媒介転移における多形の安定性は同じであるとされている。しかし、いくつかの有機結晶、例えばDL-メチオニン(DL-Met)は有機結晶の特異な転移現象を示す。本研究は、この特異な多形転移を原子間力顕微鏡(AFM)等を用いた微視的観察により視覚的にとらえ、それを基に特異な転移機構を解明することを目的とした。 DL-メチオニン(DL-Met)を対象物質とし、特に溶液中での特異な多形転移現象の微視的観察を行った。安定形の飽和水溶液中にDL-Metの2つの多形の結晶を浸漬させ、溶液中での結晶表面の変化を調べた。その結果、固相転移温度以上では、溶液中でもγ-formからα-formへの固相転移が確認できた。また水に対する溶解度測定を行ったところ、固相転移温度には関係なく、常にγ-formに比べてα-formの溶解度が高いことが明らかになった。 また、水溶液中でのα-formの単結晶の形状変化を調べるために、γ-formおよびα-formの単結晶を用いて浸漬実験を行った。浸漬後、どちらも平坦だった(200)面に著しい荒れが生じていた。AFMを用いて、表面構造の観察を行ったところ、γ-formの単結晶の(200)面に生じた表面構造は、そのステップの高さや結晶面の角度から、α-form由来の構造であった。逆に、α-formの単結晶の表面には、γ-formの特徴を示す六角形のような小さな結晶の集合体が見られた。これらの結果から、γ-formの飽和水溶液に準安定多形のα-formを浸漬させると、直ちに結晶表面の溶解が生じ、結晶表面近傍の溶液濃度がγ-formに対して過飽和状態になり、その結果、溶解した結晶表面でγ-formが析出し、新たな表面構造を形成することが明らかになった。
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