研究概要 |
糖によって形されたアモルファスマトリクスは,タンパク質などの不安定物質を包括すると,その劣化を抑制する働きがある.この糖類アモルファスマトリクスによる包括安定化作用は,マトリクスを構成する糖分子の状態と密接な関係があると考えられる.従って,室温以下の低温域においては,極めて高度な保存性が期待できる.本研究では,昇温過程における糖分子の赤外線吸収(IR)スペクトルを連続的に測定できる温度操作フーリエ変換赤外分光分析(TS-FTIR)により,-20℃からTg前後の温度域における糖分子間相互作用(水素結合)の形成状態を解析した.すなわち,糖水酸基の伸縮振動に起因するIR吸収帯のピーク波数を温度に対してプロットした.その結果,ピーク波数は温度上昇に伴い高波数側にシフトしていくが,Tgより数十℃低いある温度(T*)においてもピーク波数の増加勾配が顕著に小さくなることが分かった.これより,糖分子間水素結合が極めて安定に存在する温度域(<T*)が存在することが示唆された.また,その温度域の上限(T*)はsucroseで顕著に低く,糖の分子量とともに高くなる傾向が見られた. 一方,糖類アモルファスマトリクスの構造エンタルピーの緩和過程を示差走査熱量分析(DSC)により測定し,異なる温度における糖分子のモビリティーを評価・比較した.その結果,上述のT*以下の温度領域では,各糖試料の構造エンタルピーの緩和が認められなかった.さらに,酵素を用いて糖類アモルファスマトリクスで包括したときの失活速度の温度依存性を調べたところ,T*以下では酵素の失活がほとんど生じないことが分かった.以上のことから,T*は糖分子のモビリティーが極端に制限される温度領域の上限値を表しており,この温度以下では極めて高度な包括安定化作用が発現することが明らかとなった.
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