本研究は、社会性アブラムシをモデル系として、社会性昆虫類のコロニーにおける労働分業の制御メカニズム、とりわけ、労働分業の成立基盤となる社会行動の発現とその認識機構を明らかにすることをめざすものである。研究材料は、不妊の兵隊階級を産出するゴール形成性のハクウンボクハナフシアブラムシである。本種の兵隊は、若いうちはゴール(巣)の掃除をおこない、老齢になるとコロニーの防衛に専念するという齢差分業を示す。前年度までに、本種において掃除行動や攻撃行動を解発する2種類のフェロモン(死体認知フェロモンと警報フェロモン)を同定し、兵隊を動員する機能があることを明らかにした。 今年度は、本種の兵隊の動員時において、フェロモンのみならず、ゴールの匂い成分が重要な役割を果たすことを明らかにした。また、これら匂い成分に対する兵隊アブラムシの触角応答を触角電図(EAG)法により測定し、本種の兵隊が日齢によって異なる受容能を示すことを明らかにした。このように、日齢の異なる兵隊による触角レベルでの受容能の違いが齢差分業を生じさせているものと考えられた。さらに本実験から、本種の兵隊はフェロモンとゴールの匂いのブレンドを末梢(触角)のレベルで識別できることが判明した。以上の結果から、日齢の異なる兵隊は、「フェロモン」と「巣の匂い」を巧みに利用することにより、柔軟かつ洗練された社会分業を実現しているものと結論した。 さらに今年度においては、社会性アブラムシにおける労働分業のシミュレーションモデルを構築することにより、本種における兵隊の齢差分業の適応的意義とその進化条件について、理論的な検討をおこなった。具体的には、本種の生活史および階級分化、労働分業のパターンを推移行列モデルで記述し、兵隊による齢差分業の適応的意義について生活史戦略の観点から解析した。生活史形質として、ゴールのサイズやアブラムシの出生率、病気リスク、捕食リスク、兵隊の掃除能力、防衛能力、タスクをおこなう際の死亡リスクなどの要因を考慮し、どのような条件下で齢差分業が有利になるかを調べた。その結果、大きなゴールサイズ、低い出生率、高い病気リスク、高い捕食リスク、防衛時の高い兵隊死亡リスクなどの条件が社会性アブラムシにおいて齢差分業の進化をうながすことが分かった。また、性能の低い兵隊を作る種においても齢差分業が進化しやすいことが示唆された。今後は、フェロモンや化学シグナルに対する様々な日齢の兵隊における触角応答の違いをモデル化して、齢差分業を成立させる至近メカニズムについて理論的なアプローチをおこなう予定である。
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