昨年度は6月14日に発生した岩手・宮城内陸地震で調査地が被災して野外調査が実施できなくなったので、一昨年までの野外調査で採取したヒメネズミのサンプルを用いて昨年のアカネズミと同様に、ブナの豊作後のネズミの個体数増加を説明しうる次の4つの仮説 ;(1)ブナの結実豊作年にネズミの越冬生残率の上昇 ;(2)ブナ豊作後の雌1個体あたりの年間の繁殖回数の増加 ;(3)雌1成体あたりの一腹産仔数の豊作後の増加 ;(4)豊作翌年の春仔の生残率の改善を検証した。 岩手県奥羽山系の試験地での野ネズミ生け捕り調査時に採取した組織サンプルからDNAを抽出し、マイクロサテライトマーカーによる多型解析を行った。その結果、ブナ豊作年における越冬生残率及び秋期個体群に占める幼体の割合は堅果量と強い相関関係を示した。また豊作の翌年の雌には、年間に非常に多くの仔を産んだ雌親が例年より多かった。一方、春仔の生残率には前年のブナ堅果の影響はなかった。以上の傾向はアカネズミと同様である。これに対し、春の繁殖期の雌成体1個体あたりの出産回数は、アカネズミと違って例年と同じ1回の個体が多かった。以上の結果から、ヒメネズミでは仮説(1)が示唆され、仮説(3)も一部の雌親にあてはまる。仮説(2)については、秋の幼体数は仮説に示唆的な一方で、春の繁殖期では成り立っていなかった。よってヒメネズミの場合、ブナ豊作後に越冬生残率が高くなることで翌年に繁殖可能な個体が例年より多くなることがもっとも重要で、翌年への影響は一部の雌で出産する仔の数が増加する程度であると考えられた。
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