日本列島の東北地方の山岳地域は、これまでの私自身の研究成果や高山植物相の単調さ、標高の低さといった地形的な特徴を考えると、気候が温暖な問氷期においてボトルネック効果が強く働いたと考えられる。そこで本研究では、東北地方高山帯の集団における遺伝的多様性を、本州中部や北海道、さらに北方の海外集団の遺伝的多様性と比較することにより、上記の仮説を検証することを目的とする。今年度、予備的な解析として、葉緑体DNAの系統地理学的な解析を9つの分類群(イトキンスゲ(カヤツリグサ科)、イワウメ(イワウメ科)、ウサギギク(キク科)、エゾシオガマ(ゴマノバグサ科)、シラネニンジン(セリ科)、チングルマ(バラ科)、ハクサンイチゲ(キンポウゲ科)、ミネズオウ(ツツジ科)、ミヤマダイコンソウ(バラ科)(学名省略・アイウエオ順)で行った。また野外調査として、本州中部の至仏山、東北地方の秋田駒ヶ岳、鳥海山、北海道の暑寒別岳、利尻島、礼文島において高山植物の追加サンプリング調査を行った。調査において、仙仁径(首都大学東京)および池田啓(京都大学)の大学院生の協力を得た。今年度は上記の種の中から特にエゾシオガマの解析を進めた。エゾシオガマの分布域を網羅した25集団231個体を用いて、葉緑体DNAのtrnL-trnF間の遺伝子間領域の塩基配列を決定した。その結果、33種類のハプロタイプが認識され、東北地方の4集団(八甲田山、焼石岳、月山、朝日岳)では、いずれも一種類のハプロタイプに固定していた。一方、飯豊山で5種類、守門岳で5種類、谷川岳で4種類、白馬岳で2種類、空木岳で3種類のハプロタイプが検出され、多様性が高いことが示唆された。今後北海道集団のサンプルを加える必要があるが、これらの結果は、上述した東北地方のボトルネック効果仮説を支持するものと考える。
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