H^+-ATP合成酵素のεサブユニットはATP分解活性を阻害する役割を持つ。大腸菌においてその結晶構造が既に報告されており、ATP加水分解に対し、非阻害型と阻害型の2種類の構造が存在することが知られている。その違いはC末ドメインに存在する2本のヘリックスの相対的な位置関係に見られ、非阻害型では逆平行に折りたたまったfolded型になっているの対し、阻害型では部分的に持ち上がったextended型になっている。一方、好熱菌のεサブユニット(TF_1ε)にはATPが結合するということが明らかになった。我々はATPが結合したTF_1εの結晶構造を決定し、典型的な非阻害型であることを示した。ところがNMRの解析からATP濃度に依存して、εサブユニットの構造が変化することを見いだした。そこで本年は構造変化が顕著に見られるC末ヘリックスドメインの溶液構造決定をATP存在下と非存在下で行った。その結果、ATP存在下では結晶構造のfolded型(非阻害型)と良く一致した。一方、ATP非存在下では、基本的には2本のヘリックスから構成されていたものの、その相対的位置関係は決定出来なかった。また緩和解析の結果から、ATP存在下では顕著な運動性は見られなかったのに対し、ATP非存在下ではC末に近づくほど高い運動性を持つことが明らかとなった。これらの結果を踏まえ、我々はεサブユニットのC末ドメインはATPに依存したArm-likeな運動性を持ち、この運動性がATP加水分解の制御メカニズムであることを提唱し、現在論文投稿中である。
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