本研究では、多様な細胞内シグナル伝達系で重要な役割を果たすERK/MAPキナーゼをモデル系とし、細胞内キナーゼ基質を網羅的に同定するための新たなリン酸化プロテオーム解析法を開発して、得られた新規基質のリン酸化制御を解明することを目標としている。昨年度までに、IMACによる全細胞抽出液からのリン酸化タンパク質の濃縮法、蛍光標識二次元ディファレンスゲル電気泳動(2D-DIGE)技術、及びERKのリン酸化モチーフを認識するモノクローナル抗体などを組み合わせることにより、新規ERK基質の候補を24種類同定することができた。二次元イムノブロットやバイオインフォマティクスによる解析結果を考慮して14種類を選択し、GST融合タンパク質を調製したところ、13種類はERKによりin vitroでリン酸化されることが判明した。この中で一番強くリン酸化されたEPLIN(epithelial protein lost in neoplasm)はアクチン架橋タンパク質の一つであり、多くのヒト癌細胞で発現レベルが低下していることが知られていた。さらなる解析の結果、i)ERKはEPLINの3ヶ所のセリン残基をin vitro及びin vivoでリン酸化し、ii)ERKによるリン酸化はEPLINのC末端側でのアクチン結合能を低下させ、iii)静止期にストレスファイバーに局在するEPLINはERKによるリン酸化に伴ってラッフル膜へ移行し、iv)ERKリン酸化部位のアラニン変異体を発現させると野生型EPLINの発現に比べてPDGF刺激によるストレスファイバーの消失、ラッフル膜の形成、細胞運動性の上昇が抑制される、等が明らかとなった。従ってERKはEPLINをリン酸化することによってアクチン骨格系と細胞運動を制御すると考えられた。
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