社会性種のモンゼンイスアブラムシの兵隊幼虫は、捕食者によって開けられた穴を自分の体液放出によって修復するという自己犠牲的なゴール修復行動を示す。兵隊の角状管から放出された多量の分泌液は、その後次第に固まり、穴を完全に塞いでしまう。今年度はこのゴール修復という興味深い生物現象について、分泌液が凝固する分子基盤の解明を行うとともに、昆虫-ゴール(植物)間の相互作用についても解析した。 1.分泌液凝固の分子基盤について これまでの研究から、兵隊分泌液中に最も多量に存在するタンパク賛成分は、昆虫の体液凝固やかさぶた(メラニン)形成に関与するフェノール酸化酵素であることがわかっていた。実際、分泌液凝固の過程ではフェノール酸化酵素の働きによりメラニンが合成されるが、様々な実験結果から、その過程で生じるキノン類が分液中のタンパク質成分を架橋して不溶な高分子層を形成することで分泌液凝固を引き起こしている可能性が示唆された。おそらく兵隊は、本来自分の体表にできた傷を修復するメカニズムを上手く利用し、凝固性の亢進した体液を敢えて「大量出血」することにより、ゴールにできた傷の修復を行っているのではないかと考えられた。 2.昆虫-ゴール間の相互作用について 兵隊が自分の分泌液の放出により穴をすばやく塞いでからおよそ1ケ月後、ゴール内側では、傷口付近の植物組織が再生して穴を完全に覆い隠し、壁が完全な姿に復元することが明らかになった。組織再生中の傷口には兵隊が常に高密度で集合しており、口器でゴール組織を刺激し植物組織の再生を誘導しているものと推測された。農薬処理して中のアブラムシを殺すと、組織再生も阻害されたことから、ゴール再生にはアブラムシが必要であり、その中でも特に兵隊が重要な役割を果たしているものと考えられた。本研究は、昆虫による植物の創傷治癒現象というこれまでにない発見として注目された。
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