アフリカ大地溝帯のタンガニイカ湖には250種ものシクリッドが生息し、ほとんどが固有種であることから、湖内で爆発的に種分化したと考えられる。またこれらは形態的・生態的にとても多様であり、適応放散のモデルとして多くの研究者の注目を集めてきた。しかし、その実証的研究は行われていなかった。そこで本研究は、巻貝の殻に住むという珍しい生態をもつ種類に焦点を当て、その種分化メカニズムを調べた。Telmatochromis temporalisには矮小型と普通型が知られており、前者は巻貝の殻を、後者は岩の下を隠れ家として利用する。これらの系統類縁関係をミトコンドリアとマイクロサテライトを用いて調べたところ、2カ所に住む矮小型は独立して普通型から進化したことが強く示唆された。また、矮小型と普通型の生息場所は部分的に重なるが、遺伝的交流が制限されていることが明らかとなった。このことは、矮小型と普通型が地理的な隔離に頼らなくても生殖隔離を維持していることを示している。さらに移植実験を行ったところ、矮小型の小さな体が貝殻に隠れるための適応であることが確かめられた。矮小型と普通型は、体サイズの違いによって産卵場所が異なる。このことから、両者は自然選択によって体サイズに差が生じ、それによって生殖隔離が維持されていると考えられる。本研究は当初の目的「種分化過程の解明」を達成し、さらに新たな生態的種分化の例を提示するという成果も得ることができた。
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