本実験の目的は、脊髄に存在する分裂細胞である上衣細胞・オリゴデンドロサイト前駆細胞に着目し、その正常および損傷脊髄での動態を解析する事で、脊髄損傷におけるグリオーシスの由来細胞を特定する事、および正常脊髄でのグリア細胞のターンオーバーを証明する事、にある。平成19年度は特に上衣細胞について注目し、研究を行った。上衣細胞は、脊髄において中心管と呼ばれる脳脊髄液の通過する細い管裏打ちする形で、多列上皮様に存在する。平成18年度までに、1.上衣細胞はこの多列上皮様の構造の中で分裂し更に次第に外側へ移動する事、2.更に脊髄実質へと移動する事、3.そしてその一部がアストロサイトへと分化する事を示した。平成19年度では、上皮細胞の分裂能、移動能、アストロサイトへの分化能のメカニズムを解析した。上衣細胞はNotchという細胞分化に関わる因子を恒常的に発現している。このNotchという分子に注目し、Notchの構成的活性型であるNICD (Notch細胞内ドメイン)を強制発現させるアデノウィルスを作成し、上衣細胞へ導入した。すると2週間後の観察では、上衣細胞の分裂、脊髄実質への移動、特に後索路付近への移動、そしてアストロサイトへの分化が見られた。すなわちNotch遺伝子の強制発現により、上衣細胞の本来の機能である分裂能、移動能、分化能が示された訳である。アストロサイトへの分化にはSTAT3のリン酸化が重要である事が知られているが、アストロサイトのマーカーであるGFAPを発現する上衣細胞はリン酸化STAT3の核内での発現が見られた。これらの事から、上衣細胞における分裂能、移動能、アストロサイトへの分化能は、そのいずれもNotchシグナリングが関与している事、そしてアストロサイトへの分化についてはSTAT3のリン酸化と核内への局在が重要であろう事が示唆された。
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