下垂体前葉(PD)内で濾胞星状細胞(FS細胞)が体性幹細胞としての役割を持つか検討するため、ラットPDを外科的に部分切除し、損傷修復・再生に伴う動態をFS細胞に着目して観察した。Wistar系雄ラット12週齢の頭蓋底側から周咽頭法によりPDを露出し、18G注射針を具えた1mlシリンジでPD左側部を吸引しPD組織小片を切除した。動物は通常条件下で飼育し、3日、1、2、4、8週および180日後に屠殺して残存するPDを得た。摘出PDは昇汞ホルマリンで浸漬固定、パラフィン包埋を経て、5μm厚に薄切された。結果として、肉眼解剖学的レベルでは、部分切除後3日から180日に至るまでPDの器官形態の再生は見られなかった。組織学的レベルでの再生の指標として、部分切除個体で細胞増殖の頻度が上昇しているか調べるため、増殖細胞核内抗原PCNAの免疫染色を行ったところ、正常個体PDに比べ、非損傷部位には変化が認められなかったが、損傷部位には多くのPCNA陽性細胞核が検出された。これらがFS細胞であるか否かを調べるためS100タンパクとPCNAとの二重免疫染色を行ったが、S100陽性反応は損傷部位に集積せずPCNA陽性反応と共存しなかった、すなわちFS細胞の増殖はみられなかった。さらに部分切除による生化学レベルでの影響がみられるか、部分切除2週間後個体および正常個体の下垂体からmRNAを抽出し、cDNAマイクロアレイ法により両者の遺伝子発現頻度を比較・検討したが、増殖因子、誘導因子、接着因子等、再生に関わるとみられる遺伝子の顕著な発現変動は認められなかった。今回の実験では、部分切除条件下でもFS細胞は増殖しない事、また下垂体そのものが解剖学、生化学レベルで再生の様相を示さないことがわかった。今後、FS細胞が下垂体前葉ホルモン産生細胞前駆細胞であるか検討するには、再生とは別の観点から迫る必要がある。
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