c-Mycは、癌においてその遺伝子の増幅や機能亢進が認められ、細胞の癌化に重要な因子である。近年c-Mycは、ES細胞の増殖や全能性の維持、組織幹細胞の維持に重要な役割を果たすことが報告されている。c-Mycは転写因子Maxと結合し、E-boxを介した転写を活性化する。これによって転写活性化される遺伝子の一つとしてテロメラーゼの触媒サブユニット(hTERT)が知られている。またc-MycはMiz-1と結合することにより、Miz-1によるcdk inhibitor(p21やp15)の転写活性化を抑制することで細胞の増殖を促進する。しかしc-Mycによる幹細胞の制御がどのような標的遺伝子によって行われているのかは未知の点が多い。またc-Mycは血液、皮膚、腸などの幹細胞(組織幹細胞)の維持に必要であることが報告されている。これら組織幹細胞は自身の増殖能は低く、多分化能を維持しながら増殖能の高い前駆細胞を生み出すことができるがそのメカニズムについては不明である。 我々は、TGF-βによって誘導される遺伝子を検索する過程で、Tsc-22に着目した。Tsc-22はロイシンジッパードメインを持つタンパク質で、核や細胞質に存在することが報告されているが、その機能は不明である。そこでTsc-22に結合するタンパク質を検索したところ、c-Mycと結合することが明らかになった。さらにTsc-22はc-Mycによるp15、p21プロモーターの転写抑制作用を解除する活性を持つことが明らかになった。実際にTsc-22を培養細胞、Es細胞に導入すると、細胞増殖を抑制する活性を有していた。一方、Tsc-22はc-MycによるhTERTプロモーターの転写活性化を増強することが明らかになった。これらのことからTsc-22はc-Mycの機能を全て抑制する因子ではなく、転写の活性化作用と抑制作用のうち転写活性化作用は増強し、転写抑制作用は阻害するという新しい機能を有するタンパク質であることが明らかとなった。このことはTsc-22がc-Mycによる細胞の不死化や多能性の維持機構は促進し、細胞増殖のみを抑制するということを意味し、これは組織幹細胞が持つ性質に一致すると考えられる。
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