ヒト乳癌由来のT47D細胞はエストロゲン受容体(ER)を有しており、その増殖は17β-エストラジオール(E_2)濃度に依存して促進された。ヒト生理レベルのE_2(1×10^<-9>mol/L)存在下で認められた細胞増殖は亜セレン酸ナトリウム、セレノメチオニンあるいはメチルセレニン酸を1×10^6mol/Lの濃度で曝露することで20〜40%程度抑制された。一方、同条件下において、セレン酸ナトリウム、セレン化ナトリウム、二酸化セレン、セレノシスタミン、セレノシスチンおよびSe-メチルセレノシステインはほとんど細胞増殖抑制作用を示さなかった。3種類のセレン化合物による細胞増殖抑制作用はE_2存在下でのみ観察されたことから、いずれもERを介した細胞増殖を抑制していることが推定された。T47D細胞のERαのmRNAおよびそのタンパク質発現量はE2曝露で有意に増加したがここれら増加はセレン化合物の曝露によって抑制されることが判明した。なかでもメチルセレニン酸による抑制が最も強かった。また、T47D細胞にERα発現を阻害するsiRNAを導入することによって、細胞内ERα発現量の減少がE2による細胞増殖速度を顕著に遅延させることが確認された。これらのことから、今回認められたセレン化合物による細胞増殖抑制作用にはERαが重要な役割を担っていることが示唆された。E_2存在下、T47D細胞に亜セレン酸ナトリウム、セレノメチオニンあるいはメチルセレニン酸を曝露してもアポトーシス誘導は認められなかった。しかしながら、細胞周期の亢進を引き起こすestrogen receptor finger protein発現量が減少する傾向が認められた。これらのことから、セレン化合物によるERαを介したT47D細胞の増殖抑制はアポトーシス誘導によるものではなく、細胞周期の遅延によるものであることが考えられた。
|