本研究では、選択的スプライシング調節因子であるRNA結合タンパク質Tra2bの転写後調節に注目した。Tra2bの標的遺伝子のスプライシングパターンの異常と疾患の関与もこれまでに報告されている。が、ここでは、Tra2b自身の調節と新たな機能の解明を目的とした。胃粘膜上皮癌細胞AGSでは、酸化ストレス曝露により一過性にtra2b4選択的スプライシングmRNAアイソフォームが発現することを認めた。b4 mRNAアイソフォームはb1 mRNAアイソフォームとは異なり、Tra2bタンパク質のコード領域途中に終止コドンを持っためTra2bは翻訳されない。ストレス非存在下において、AGS細胞ではコード領域を完全に持つb1 mRNAアイソフォームが最も発現しており、Tra2bタンパク質も恒常的に発現している。酸化ストレスにより、b1 mRNAアイソフォームも発現誘導の増加が認められるがTra2bタンパク質の発現量に変化は認められず、むしろTra2bのリン酸化調節と細胞内局在の変化を認めた。ストレス存在下では、活性化されたカイネースがTra2bのリン酸化状態を調節しRNA結合能の欠如と核内から細胞質への移行を生じ、自分自身のmRNA選択的スプライシングのアイソフォームを変化させることでTra2bタンパク質量を調節するという一連の自己調節機構が示唆された。ところが、AGSならびにそのほかの癌細胞ではラット正常胃粘膜と比較して、通常よりb4 mRNAアイソフォームの発現が上昇していることを認めた。そこで、b4 mRNAアイソフォームの特異的なノックダウンをAGS細胞で試みた。その結果、顕著な細胞形態の変化と、増殖の抑制が認められた。分子レベルにおいても細胞骨格因子の増加と、セルサイクル調節因子の著名な増加と減少がそれぞれの因子で認められた。これらの結果より、b4 mRNAアイソフォームはタンパク質をコードしないが、RNA分子として癌化に伴う細胞増殖の異常やストレス負荷時の細胞増殖機構を制御している可能性が示唆された。今後さらにこの分子機構を解明する。
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