昨年度に続き、以下の理由でserum response factor (SRF)による転写調節をうける遺伝子として特にNa^+-Ca^2+exchanger(NCX)について、心肥大から心不全への移行におけるエピジェネティックな発現制御の関与について検討を行っている。 我々は今年度、大動脈縮窄による圧負荷モデル・マウスにおいて非代償性心不全期に心筋のクロスブリッジ動態が局所的に障害されていることを、大型放射光施設Spring-8においてX線回折法を用いた検討により、in vivoにて証明した。通常は収縮期にはクロスブリッジの形成とともに筋原繊維のスライディングがおこり、サルコメア長は短縮する。しかし、肥大心ではクロスブリッジが形成されるも量的に少ないために張力発生が周囲に劣り、結果として収縮期にもかかわらず余儀なく伸展される部位が局所的に観察された。そのような部位では拡張末期における筋原繊維間の距離が広がっていた。長さ-張力関係(フランク・スターリングの法則)の分子機序として、伸張に伴い筋原繊維間の距離が短くなり、ミオシンヘッドとアクチンの親和性が上昇し、カルシウム感受性が上昇する可能性が示唆されている。つまり、肥大心でみられた局所的なクロスブリッジ動態異常は筋原繊維間の距離が広がったことにより、カルシウム感受性が低下したために起こった可能性がある。一方、このような筋原繊維間の距離に変化をきたした原因として細胞腫脹が推測される。細胞容積の維持には細胞内Na^+濃度が大きく関与するが、心筋細胞ではNa^+ポンプとともにNCXがNa^+濃度の制御に重要とされる。すでに我々はクロマチン免疫沈降によるSRF binding site(CArG box)を有する遺伝子の発現調節へのヒストン修飾の関与を検討する実験系を確立しており、血行力学的負荷がエピジェネティック因子としてNCXの発現に影響を及ぼすのか、さらにNCXの発現・機能変化がカルシウム・ハンドリングのみならず、細胞内Na^+制御にも影響することで心肥大から心不全への病態形成・進展に関与しているのか検討している。
|