経産婦の乳癌に対する生涯リスクは、未産婦と比較して顕著に減少する。この現象は化学発癌剤(N-methyl-N-nitrosourea(MNU))誘発ラット乳癌モデルにおいても再現をみる。経産は最も生理的な手段による乳癌抑制であるが、その抑制機序の詳細は不明である。我々は現在までに、マイクロアレイ解析ならびにreal-time PCRにより、経産乳腺特異的制御遺伝子群の同定に成功している。また、経産乳腺における細胞増殖関連遺伝子群の発現抑制が、発癌剤刺激後においても永続的に維持されていることも明らかにした。この結果より、経産乳腺における発癌抵抗性獲得が、経産を契機とした乳腺細胞のエピジェネティック変化に起因する遺伝子発現制御によることが考えられた。そこで、経産乳腺におけるヒストンタンパク質の修飾状態(アセチル化・メチル化)をWestern blot法により検討した結果、経産乳腺においてヒストンH3のアセチル化が未産乳腺と比して亢進していることを発見した。さらにマイクロアレイ解析の結果から、経産乳腺においてヒストン脱アセチル化酵素であるHDAC Iの発現が未産乳腺と比較して低下していることを見出した。これらの結果より、経産乳腺における恒常的なHDAC I発現低下ならびにヒストンタンパクのアセチル化の亢進が発癌抵抗性獲得機序の一端を担う可能性が考えられた。今後はHDACの制御による癌抑制機序の詳細を検討するために、培養細胞を用い、HDAC阻害剤ならびにHDAC Iのknock downを行い、その細胞表現型の変化を検討する。
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