若年期に満期妊娠を経験した経産婦の乳癌に対する生涯リスクは、未産婦と比較して顕著に減少する。我々はマイクロアレイ解析により、未産ラット乳腺と比較し、経産乳腺において発現抑制をみた細胞表面タンパクmesothelinに着目し、乳癌細胞へ強制発現することによりその機能解析を行った。その結果、mesothelin発現がERK1/2経路を介して乳癌細胞の生存シグナル増強に寄与することを明らかにした。さらに経産ラット乳腺組織において、アセチル化の亢進およびhdac1(histone deacetylase 1)の発現低下を見出したことから、経産乳腺の発癌抵抗性獲得におけるアセチル化修飾の役割を検討するために、HDAC阻害剤によるヒト乳癌細胞表現型変化を検討した。HDAC阻害剤(SAHA; suberoylanilide hydroxamic acid)による乳癌細胞(MDA-MB-231)増殖への影響を検討した結果、濃度依存的な増殖抑制が確認され、扁平で巨大化した細胞形態が観察された。次に、フローサイトメトリーによる細胞周期解析により、SAHA処理により誘導された増殖停止が、G2/M arrestであることを明らかにした。さらに、その増殖停止過程において、ストレス応答性MAPキナーゼであるp38MAPKの活性化、p21、p27の顕著な発現上昇を見出した。また、HDAC阻害による増殖停止に伴い、細胞質分裂異常細胞の顕著な増加をみた。 本研究において、mesothelinが乳癌細胞生存シグナル増強に寄与することを明らかにするとともに、経産乳腺におけるmesothelin発現低下の発癌抑制機序への関与が示唆された。また、in vitro実験系において、アセチル化修飾の乳癌細胞増殖抑制に対する重要性とそれに関連する分子メカニズムの一端を明らかにした。
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