本研究は創傷治癒過程における瘢痕形成メカニズムを開明する目的で、TGF-βの細胞内シグナル分子であるSmad3の遺伝子改変マウス(ノックアウトマウス)を用いてマウス口蓋粘膜の創傷治癒について野生型マウスと形態学的、組織学的に比較検討を行った。 (実験方法) 5週齢のSmad3ノックアウトマウスと野生型マウス(それぞれ9個体)の上顎臼歯間口蓋粘膜に幅1.0mmの創傷を作製し、その治癒過程(4、7、12、18日後)を形態学的、組織学的検討した。創傷治癒過程におけるTGF-β1の発現、マクロファージの局所への浸潤について免疫組織学的に検討した。さらに瘢痕組織に重要な役割を担う筋線維芽細胞の分化マーカーであるα-smooth muscle actin(α-SMA)の発現を免疫組織学的にて検討した。 (実験結果および考察) Smmad3ノックアウトマウスは野生型マウスと比較して、再上皮化および結合組織の再構成ともに有意に促進していた。また、創傷治癒組織におけるTGF-β1の発現はSmad3ノックアウトマウスでは減少しており、TGF-β1の発現はTGF-β1によるauto-clin作用が重要であることが報告されていることから、創傷治癒においてはTGF-β/Smad3シグナル伝達系が重要な因子の1つであることが示唆された。創傷治癒においてはマクロファージといった炎症性細胞が重要な役割を担っており、また、局所においては血小板や上皮細胞、マクロファージといった細胞がTFG-β1の産生するといわれていることから、蛍光免疫染色にてTGF-β1とマクロファージの二重染色を行った。その結果、Smad3ノックアウトマウスではマクロファージの浸潤が減少しており、さらにTGF-β1の発現が低下していることが明らかとなった。一方、創傷治癒過程における瘢痕組織形成に関しては創傷治癒12日後の切片においてα-SMAの発現を検討したところ、野生型マウスでは明らかなα-SMAの発現が創傷部結合組織において認められたが、Smad3ノックアウトマウスではα-SMAの発現がほとんど認められなかった。この結果より、TGF-β/Smad3シグナル伝達系は創傷閉鎖のみならず、瘢痕形成過程においても重要な役割を担うことが示唆された。 (今後の研究について) Smad3ノックアウトマウスにおけるマクロファージの浸潤低下を詳細に検討するためにマクロファージ遊走因子であるMCP1やMIP1の発現について検討している。また、創傷治癒組織における細胞の増殖能や、in vitroにおける実験系での細胞応答についても現在解析を進めている。
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