本年度は、フランス現代社会が抱えた様々な「ポストコロニアル」な問題、とくに「移民問題」について、数多くの研究書を参照して考察を深めた。現在フランスでは、旧植民地からの移民およびその子女たちの社会への「統合」が大きな社会的関心の対象となっている。 歴史学、社会学における研究は、人種や階級などの個別的差異を超越した普遍的な理想や価値を共有することで誰もが同じ「市民」として自由と平等を享受できるとするフランスの共和国的理念が、社会に根づく人種差別によって十全に機能していないことを明らかにしている。 このようなフランス社会のひずみと旧植民地地域との複雑な「関係」を文学作品を通して考えようとする本研究の今年度の最大の成果は、予定どおりに、フランス現代文学においてもっとも注目される作家の一人Marie NDiayeマリー・エンディアイへのインタビューを行なったことであった。折しも新作Mon coeur a l'etroit(2007)を刊行したところで、その作品においても移民出自を持つ者らがこうむる社会的格差が随所にほのめかされ、物語の「語り手」の移民系住民に対する異常なほどの差別的視線はまさに、フランス社会における移民差別の根深さを反映しているように思われた。 また、現在、「学校」が、植民地主義の過去の記憶を伝達する場として、またイスラム教徒の「ヴェール」の問題に見られるように移民問題という観点からも、公的な議論の対象となっていることを考え合わせても、エンディアイが作品の「語り手」の職業を「教師」としていることの意味は大きい。 セネガル人の父とフランス人の母を持つ彼女にとって、アイデンティティの問題がつねに重要な関心事であったことが明らかになり、ゆえに移民問題が内包する「フランス人とは何か?」という問いに、これまでの彼女の作品は多かれ少なかれ応答しているのだと理解された。
|