本年度は、中国で明代後期から清朝に制作された花鳥獣刺繍と関係が深い品々のうち、欧州に渡来した資料を調査した。調査期間は9月29日から10月12日まで、調査地はミラノ、キャヴァリ、ジェノヴァ、マドリッド、リスボンであった。また10月1日から3日までコモで開催された染織の国際学会(CIETA)に参加し、関連分野の研究者と輸出用刺繍に関して意見を交換した。さらに欧州で調査した作品のうち代表的な作例をとりあげ、論文「サン・ジョヴァンニ・バティスタ教会とエル・エスコリアル修道院に伝来する輸出用刺繍」にまとめた。 サン・ジョヴァンニ・バティスタ教会には花鳥獣の刺繍布が伝来している。調査の結果、中心の布は中国製の特徴を有しており、日本に伝来する本圀寺掛布や西教寺打敷と近似していることが明らかになった。縁布は欧州製の特徴を有しており、コスタグータ家の紋章が表されている。1651年にアレッキ・コスタグータがこの布を教会に寄進し、この布はマリア像の上にかける天蓋として用いられた。本圀寺掛布や西教寺打敷は、中国の広州で作られ、日本にもたらされて仏教寺院で用いられた。一方バティスタ教会の作品は、同じ広州で制作された後欧州に運ばれて、キリスト教会で用いられたものである。 サン・ロレンソ・デ・エル・エスコリアル修道院には、フィリペ2世の娘のイザベル・クララ・ユーヘニア(1566-1633)の寝台を装飾していた花鳥獣刺繍の掛布が伝来している。調査の結果、この刺繍はインド製輸出用品である可能性が高い事が明らかになった。本圀寺掛布や西教寺打敷の類品には、インド製輸出用品と関係するものがある。しかしインド製輸出用品の特徴が今まではっきりわからなかったため、それらの位置づけを考えることができなかった。制作年代を限定できるこの作品の調査データは、今後インド製輸出用品とその類品を考える上で大変貴重である。
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