本研究は、日中両国の商人の言動を比較考察することによって「義」「利」「公」「私」の概念を研究し、日本、中国をはじめとする各国の経営倫理の問題を考えることを目的としている。単に渋沢栄一と張謇という有名な実業家を考察の対象にするだけでは、日中両国における「義、利」「公、私」の全体像が見えにくい。また実業家の思想が当時の社会背景にもとづいて生まれた以上、その社会経済の実態をいっそう解明しなければならない。そのため、2006年度の研究成果を踏まえつつ、渋沢栄一と張謇と同時代の他の実業家の言動、また前近代日中両国の商人たちがどのように上述の概念をとらえていたのかについて研究を進めた。 まず、別子銅山および広瀬歴史記念での実地調査と資料収集に行い、その考察を通して住友家の歴史および日本の産業近代化に果たす役目を解明した。そこから、住友の初代理事である広瀬宰平ならびにその後の歴代理事が「公利」、すなわち強い国益中心の観念を抱いたことが判明した。さらに中国と比較するために、中国の上海、北京において人物研究に関する実地調査を行った。張謇と同時代の実業家である周学煕、栄徳生は、強い地方観念の持ちながら、地元の産業、教育の振興に尽力したことを明らかにした。加えて、国家よりもむしろ地方の民生に着目する中国当時の地方自治の流れをもとらえることができた。 一方、日中両国前近代商人の「義・利」「公・私」観念を考察するため、筆者はあらためて三井をはじめ、前近代日本の商人像を検討し、「公・私」にかかわる日本伝統商人の奉「公」思想を分析することができた。また中国の前近代商人像を解明するために中国の徽商に関する文献調査を行った時、地方誌などの資料から、強い宗族意識を持ちながら、「義」を果たすことによって地方公益に寄与する中国伝統商人の一側面が判明した。
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