今年度の研究計画として、代表者は、1)19世紀の言語学資料収集(特にヨーロッパの東洋学に関する資料)、2)エジプト学と中国学における「書記体系」「音声学」の基礎概念の形成についての論文作成、の二つを予定していた。1)の資料収集に関しては、東京、上海、パリ、ストラスブールのそれぞれの図書館で、19世紀後半から20世紀初頭の言語学資料を閲覧・複写することができた。この資料をもとに、2)の論文作成を行った。この論考では、17世紀から19世紀にかけて、ヨーロッパの中国学者たちがヒエログリフと漢字という書記法(エクリチュール)に魅せられた結果、二つの書記法を普遍的かつ神秘的な象徴言語として扱ってきた過程を検証した。漢字を純粋な象形文字と捉える傾向は、19世紀において変容をとげ、19世紀中葉からは、むしろ漢字の音声的側面を重視する研究が欧米でも盛んになる。この際、ヒエログリフと漢字を結んでいた絆は、シャンポリオンのヒエログリフ解読という事件によっていったんは切り離されるが、しかし「文字の形が音声を表す」という一般的な法則を漢字に当てはめることによって、再び結ばれることになる。「文字の形の象徴性」から「音声」へと視点をシフトする動きは、ある意味で19世紀の言語研究がもつ一つの特徴である。論考では、この特徴を取り出すために、17世紀から19世紀にかけてのエジプト学と中国学という二つの研究の交差を俯瞰し、二つの研究が並行して見せる動きに注目している。
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