本年度は行政文書の収集と、闇市・闇取引に関わる手記の収集・聞き取り調査を並行して進め、主として後者の成果を活用して、闇市ないしは闇取引に関わる人々の生活に関する全体像を、ひとつの作業仮説として構築した。またこれは、反面的に、これまでの闇取引・闇市をめぐる議論が抱える困難を再整理することにもつながった。 いささか大胆にまとめるならば、一般に闇市・闇取引は、いわば都市消費者にとっての生活困窮を語る糸口として位置づけられる場合と、その一方で、任侠やマイノリティーの世界と密着した現象であるとの置き方が為される場合、あるいはまた国家権力の空白というロマンチシズムのなかで捉えられる場合に分けることができる。 これらの認識は、占領期以降に一般化する消費者像を前提にし、「正統」な社会の彼岸として特権化し、あるいはまた一種のノスタルジーから占領期を捉えようとするものであり、いずれも遡及的な一面が強く出ているといえる。そして、それらいずれのやり方においても欠落している点、換言すれば本研究で見出すべき「生活のなかの闇市・闇取引」とは、次のようなものとなる。 すなわちそれは、闇市・闇取引を、その時代を生きた人々の生業そのもの、あるいは生業の延長線上に置くということに他ならない。これは、商売として闇取引に関わった人々のみを指すわけでは、必ずしもない。例えば、人々の近隣・同族などのネットワークの中に買い出しに行く者がある場合、そこで得られた物資の一部は当該ネットワークに流れ、しかしその一方でいわゆる闇市へも流れ得る。そうした、日常と地続きにある「買い出し」が有する重層性と、商売としての闇取引や闇市への出店までを含んだ振れ幅を以て、「闇」を置き直すことは、とりもなおさず、耳目を集めやすいトピックに収斂させられがちな占領期の生活史描写のあり方を間い直すことでもあり、叙述の新たな構造を創出できたといえる。
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