本年度は本研究計画の初年度に当たり、正戦論・集団安全保障に関する史的研究および公法秩序一般についての理論的研究を行った。具体的には、研究課題の二つの要素である「正戦論の構造転換」と「公法秩序」の意義をそれぞれ位置付けることを試みた。 第一に、「正戦論の構造転換」の歴史的な位置づけを図るため、戦間期から国連創設期に行われた議論をカール・シュミットを中心に探った。そこでは、19世紀のいわゆる無差別戦争観から国際連盟、国際連合への流れが、かつての正戦論への回帰とは違ったものであることが確認された。戦間期の国際連盟・不戦条約を中心とする体制は戦争の犯罪化を目指すものであったが、そこでは普遍的な公法秩序への志向性が特徴的である。戦争が国際社会全体の関心事として位置付けられ、戦争がその個別的な性格を失うという事態がそこに生じたのである。そして、普遍的な秩序をいかにして維持していくかという課題は、今日まで続く国際社会の新たな局面に固有のものと捉えられる。この考察の一部は、「『正戦論』と『公戦論』-力一ル・シュミットを手掛かりとして」と題して東京法哲学研究会2007年1月例会において報告し、普遍的な公法秩序が、武力行使を「犯罪」化するにとどまらず、より広く暴力管理の体制をいかに維持するかを課題として発展してきたことを論じた。 第二に、公法秩序という視角設定の基礎にある何らかの共同性の概念をより広い同時代的文脈の中に位置付けつつ探るため、現代法哲学・政治哲学上の議論の応用を試みた。その一部は、「地域主義における共同体の位置-マッキーヴァーの理論を通じて見えるもの」(『社会科学研究』58巻5・6号)において公表した。そこでは、重層多元的な共同体の広がりが国境で途切れてしまうことはなく、グローバル化する世界においてますます国境を越えた人々の結びつきが強まる状況にあることを承認しつつ、なお地球的統治において国家の占める固有の重要な位置があることを論じた。この小論から引き出される一つの含意は、公法秩序についても重層的な構造を議論することができ、その観点から地域的な集団安全保障を位置づけうるということである。 1月から2月にかけてニューヨーク大学およびコロンビア大学の研究者と意見交換を行い、以上のような構想が他の類似する研究の中でいかなる位置づけを得るか、探る機会を得た。
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