平成19年度は、前年度の法思想史的・法理論的研究に引き続き、国際公法秩序の構造を明らかにし、それを応用して国際安全保障に関わる現代的問題群としての人道的干渉や対テロ戦争を分析するという作業を行った。研究計画の最終年度に当たるため、研究成果の取りまとめと発信も意図し、その一部を基にして日本法哲学会学術大会で分科会報告を行い、質疑応答の中でも有益な示唆が得られた。なお、期間終了後となるが、『法哲学年報2008』に報告内容を拡充した論文が掲載される予定である。 研究を通じて次の点が明らかとなった。第一に、国連憲章体制は、平和の確保・維持を目的とした行政的な性格を持ち、刑罰とは異なる論理を持った秩序であり、そこでは不正を処罰し除去することよりも、継続的な関係性の中で秩序を維持することが目指される。第二に、近年、人道的干渉や対テロ戦争のように刑罰的な秩序観に基づく行動が見られるが、これらは公平性や関与の持続性を維持することができず、国際社会における統治の安定性を損い、しかも秩序を回復するために行政的な役割を持った集団的枠組みに依拠せざるをえない。したがって第三に、政治的対立のために危機に迅速に対処できないという国連憲章体制の限界は克服されなければならないとしても、正不正の判断に基づく一方的な武力行使はせいぜい例外的なものとして認められるにすぎず、代替的な秩序構想とはなりえない。 以上の研究の意義は、既存の秩序それ自体の変更要求に対し、合法主義的な観点から法解釈を以て応答しがちである現在の国際法学に対し、そのような姿勢の不十分さを明らかにし、既存の秩序の持つ性格や目的を踏まえた上で価値的立場を示す必要性を提起した点にあると考える。
|