研究概要 |
本研究は,算数・数学学習において「学習者は自らの経験を参照したり,知っているものになぞらえたりして図形・空間を認識する」という立場に立ち,この認識の枠組み(=学習者の主観的な知識体系)を理論的実践的に明らかにすることを目的とする。平成18年度は,近年の認知意味論の成果を踏まえ,図形・空間学習にも必然的に現れる言語的および図的表現に焦点を当てて,それらに対する意味づけと意味の拡張によって構成される学習者の知識体系について検討した。言葉および図はいずれも多かれ少なかれ比喩的性格を有しており,そのことによって文脈が変われば意味も変わること(「意味の多義性」),個人によって意味づけは変わること(「意味の多様性」)といった学習上のあいまいさを引き起こすことにもなる。しかしながら,表現そのものの意味を対象として新たな意味づけを行うこと,たとえば表現のもつ数量関係を内的関係と見なすこと等が,学習者のもっている素朴な主観的知識を数学へと高めるきっかけとなりうることを指摘した。以上の理論的検討と並行して,中学校での一連の数学科授業を観察し,教室集団でのやりとりを通して個々の生徒のもつ主観的知識が数学的知識へと高まる様子を記述した。理論的検討でも指摘したように,言葉が本来的にもつ比喩性にまつわるやりとりは授業においても頻繁に議論の対象とされ,日常経験あるいは既習の学習事項のいずれを参照するかに要因をもつ知識の不活性や断片化の一端が観察された。その後,言葉の意味内容が改めて問い直されること(これを「対象化の意味的手段」を呼んだ)によって,断片化されていた知識は1つの概念のもつ諸性質ないし意味づけの相違として統合されることになった。なお,本概要における理論的検討の一部および実践的検討については,現在のところ数編の論文として投稿中であり,年度内に研究雑誌として公刊されていない。
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