研究概要 |
本年度研究実績の一つ目は、意思決定主体の主観的樹形図の導出である。従来のモデルでは動学的な環境で不確実性を取り扱うために、将来の状態がどのように時間を通じて展開していくかを表現する「樹形図」が仮定されてきた。しかし樹形図をあらかじめ仮定するということは、意思決定主体が想定する将来の不確実性の解消の仕方について分析者が知ることができるということが前提になっており、その意味で制限的な仮定であった。当研究では、主観的樹形図を頭の中に持った意思決定主体が示す行動の特徴付けを行うことにより、その主体の観測可能な行動を通して間接的に主観的樹形図を推測するための方法を提示した。この成果は形式的にみればDekel, Lipman and Rustichini(2001,以下DLR)を動学的に拡張した結果と考えられる。DLRは、2期間にわたる異時点間意思決定をモデル化するために機会集合の上の選好を考え、その表現定理を通して主観的状態空間を導出した。彼らの研究の意義は、従来のモデルが不確実性を表現するために「状態空間」を外生的に仮定していたことに対し、主観的な状態空間を内生的に導出する方法を示した点にある。当研究では3期間にわたって意思決定主体が徐々に選択肢を狭めていくという意思決定の方法をモデル化するために機会集合の機会集合上の選好を考えた。そしてその選好が再帰的な関数形による数値表現をもつことを示し、結果として、その関数形の構成要素として主観的樹形図を選好から導出した。当研究はJournal of Economic Theoryに掲載が決定した。 研究実績の二つ目はrandom discounting modelの基礎付けである。このモデルは意思決定主体の時間選好率が時間を通じて確率的に変化していくようなpreference shockの入ったモデルであり、所得分布などを導出するために主体間にheterogeneityを入れる目的でマクロ経済学で用いられてきた。しかし意思決定主体のpreference shockは私的情報であるので分析者には観測できないにもかかわらず、外生的なパラメータとして初めから仮定されており、明らかにアドホックという批判を免れなかった。一方で上で触れたDLRは、意思決定主体の主観的状態を「自分自身の将来の時点での選好」として捉えており、preference-shockへの行動学的基礎付けとみることができる。そこで、彼らのモデルをマクロ経済学で用いられている無限期間モデルに拡張し、かっ将来の選好への不確実性を将来の時間選好率への不確実性に特定化することによって、random discounting modelへの公理的基礎を与えた。当研究はJournal of Economic Theoryから再投稿を求められており、現在レフェリーのコメント等を考慮しながら改訂作業を行っている。
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