近年、分子軌道(MO)計算や密度汎関数理論(DFT)計算により、様々な化学反応における真空中のエネルギー諸量を計算することが可能となっている。しかし、ほとんどの化学反応は水、アルコールなどの溶媒中で行われている。従って、実際の実験に即した形で化学反応を解析するためには、溶媒効果を含んだ計算を行うことが求められる。本研究では、実験的によく知られているDiels-Alder反応に及ぼす溶媒効果をMO/MC法により算出し、極性溶媒により反応加速される実験結果との比較検討を行った。 シクロペンタジエン(CP)とメチルビニルケトン(MVK)間のDiels-Alder反応におけるendo-cis環化は1段階で進行し、真空中での活性化エネルギーは18.3kcal/molと算出された。 MO/MC法より、得られた溶媒和エネルギーを計算したところ、活性化エネルギーは水中で5.6kcal/mol、メタノール中で45kcal/mol、プロパン中で3.1kcal/mol低下する結果が得られた。この結果は、極性溶媒中における溶媒とTSの相互作用(-25.1kcal/mol)が、相当する反応物の値(-19.5kcal/mol)より大きいことに由来する。遷移状態と溶媒である水分子の相互作用の様子を調べるとCPのCに結合する水素と水の酸素が近くに配置されている。この炭素における電荷の推移は、反応物、遷移状態、生成物の順で、0.177、-0.192、-0.387と計算された。この部分が極性溶媒により安定化されるため活性化エネルギーの低下が起こると考えられる。 MO/MC法で求められた活性化エネルギーの差は、実験的に得られた反応速度の差に比べて小さい。これは、系のエネルギー算出に半経験的MO計算を使用しているため、計算精度があまり高くならないことに起因していると考えられる。
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