研究概要 |
近年、多剤耐性菌の出現が医療現場において大きな問題となっている。化学療法が困難な多剤耐性菌の出現により、人類は多くの感染症の脅威に曝されており、今日もなお感染症の克服は医学的重要課題の一つである。一方で、細菌ゲノム配列が次々と解読され、細菌染色体上には、異物排出蛋白質遺伝子が数多く潜在していることが明らかとなってきた。異物排出蛋白質は抗菌薬や細胞障害性異物を菌体外に排出することにより、細菌を様々な化合物に対して耐性化させる。異物排出蛋白質は薬剤排出のみならず、細胞間情報伝達や病原性発現制御にも関与していることが分かってきた。本研究ではサルモネラ菌をはじめとした病原細菌の染色体上に潜む排出蛋白質機能解析を中心に、情報伝達による細菌の異物排出蛋白質発現制御ネットワークを明らかにし、細菌が持つ薬剤耐性因子・病原因子・制御ネットワークを統合的に理解することを目的としている。 本年度、私は食中毒原因菌であるサルモネラ菌の異物排出蛋白質機能解析を中心に研究を進めた。細菌ゲノムに基づく薬剤耐性因子網羅的探索「レジストーム解析」を行った結果、サルモネラ菌には9個の異物排出蛋白質遺伝子が存在していることを明らかにした。いずれの異物排出蛋白質も発現量が上昇すると、サルモネラ菌を薬剤耐性化させることを明らかにした。一度にこれだけ多くの未知耐性因子が見つかるというのは、ゲノムに基づく検索の威力を示していると言える。また、異物排出蛋白質がサルモネラ病原性発現に関与していることを突き止めた。サルモネラ菌を経口摂取させるとマウスは約6-10日で死に至るが、異物排出蛋白質欠損株はマウスに対しての致死能が消失した。中でも、ABC型排出蛋白質であるMacABの病原性への関与が高く、macABの遺伝子発現は、サルモネラ菌病原性マスターレギュレーターであるPhoPによって制御されていることを明らかにした。本研究により抗菌薬耐性と病原性という,本来は結びつかなかった機構のつながりがみえるようになってきた。本研究を受けて、Nature Review誌にて特集が組まれ、異物排出蛋白質は薬剤耐性のためだけにあるのではなく、病原性発現や環境耐性に必要な因子であることが大々的に発表された。 Nature誌のCEO David Swinbanks博士からも、これら研究成果は異物排出蛋白質機能解明にとって画期的に重要な仕事であるばかりでなく、医療分野にも大きくインパクトを与える研究であるとの評価をいただき、Nature誌よりBiotechnology Awardを表彰された。異物排出蛋白質が抗菌薬耐性のみならず病原性発現に関与する点から考えると、異物排出蛋白質は新規薬剤の魅力的なターゲットである。よい阻害剤を見つけることができれば、細菌の多剤耐性化を克服しながら、病原性を軽減させることのできる全く新しい治療薬開発に役立つものと期待している。
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