角層の細胞間を埋める脂質は、セラミド、脂肪酸、コレステロールなどの分子から構成され、皮膚のバリア機能を担う重要な役割を果たしている。角層細胞間では、これら脂質分子が極性に応じて特定の方向に規則正しく配列し、層状の膜構造(ラメラ構造)を形成して安定に存在すると想像されている。しかし、この構造は、電顕による形態的観察や、剥離した角層の一部、あるいは再構成した膜モデルのX線回折像からシミュレートされたもので、in vivoにける角層細胞間脂質の構造の実体は解明されていない。従来、皮膚に直接X線を照射して角層細胞間脂質の構造を解析することはX線のビーム幅が広く不可能であった。しかし、80億電子ボルトの加速エネルギーにより世界最高性能のマイクロビームX線を発生することができる大型放射光施設SPring-8を使用すれば、生きた皮膚の角層に直接X線を照射して角層細胞間脂質の分子構造を反映するX線回折像を観察することが可能である。本年度は、まず、成獣マウス皮膚を対象に直径5μmのマイクロビームX線を照射し、in vivoの角層から得られるX線回折像を記録した。X線は角層表面から真皮側に向かってビームを移動し、経時的に小角X線散乱の回折像をCCDカメラにより記録した。その結果、ヘアレスマウス皮膚では13nm周期の層状結晶構造に由来する回折像が得られた。次に19.5日目のB6マウス胎仔皮膚に対して同様の小角散乱実験を行い、同様の13nm周期の規則正しい配向を示す結晶構造由来の回折像を記録することができた。従来のin vitroの研究では、より短周期の層状構造の存在が示唆されていたが、今回のin vivoの実験からは、短周期層状構造に由来する回折像は認められなかった。次年度には、アトピー性皮膚炎、魚鱗癬モデルマウスを用いて病的皮膚における角層細胞間脂質構造解析を実施する予定である。
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