研究実績の概要 |
本研究では、チベット高原を中心にアジアの大気・雪の硝酸安定同位体比の分析を行った。ヒマラヤ山脈とその麓のチベット高原は別名『アジアの水塔』と言われている通り、世界人口の約40%の水供給を担っている。非常に広い範囲に高原が広がっているため、この地域は成層圏大気の影響を強く受ける地域特性の他、近年の人為起源の影響の増大により、氷河域の後退速度はこれまでの見積もりよりも早いことが明らかとなっている。このため、大気汚染に起因して増大した窒素が融解に伴って地域生態系へ流入することが予想され、同地域の窒素循環像を明らかにすることを目的とした。このため、1年間という短い期間であったが、(1)大気エアロゾル、(2)氷河域の雪・氷試料、(3)過去100年の記録を有するアイスコアの分析を行った。試料は(1), (2)に関しては当該外国人特別研究員及びその研究協力者が採取したものを用い、(3)に関しては本グループが分析を予定していた試料を用いた。分析は、当グループが開発した硝酸の多種同位体組成自動分析装置を用いた。 その結果、硝酸同位体組成の季節変動を観測した。特に、Δ17O 値と同エアロゾル試料中の放射性同位元素35S量が相関することを世界で初めて発見した。この相関は特に春季に強く観測されたことから、アジアンモンスーンとの関連が示唆され、Nam Coにおける硝酸エアロゾルが成層圏もしくは上部対流圏で生成し高高度から地表へ硝酸が沈着していることを明らかにした。 1年と短期間であったが、当該特別研究員は精力的に分析を行い、チベット高原という特徴的な環境における大気-雪氷圏の窒素循環に関する新しい知見を多く得た。すべて評価の高い国際誌に発表するに足るデータであり、現在投稿準備中である。このような高いレベルの研究活動を短期間で成し遂げたことは高く評価できるものである。
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