研究課題/領域番号 |
18F18335
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
齊藤 尚平 京都大学, 理学研究科, 准教授 (30580071)
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研究分担者 |
DEY NILANJAN 京都大学, 理学(系)研究科(研究院), 外国人特別研究員
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研究期間 (年度) |
2018-11-09 – 2021-03-31
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キーワード | 蛍光プローブ / 粘度 / 細胞内有機反応 / 羽ばたく分子 / グルタチオン / 酸化ストレス / 励起状態 / 芳香族性 |
研究実績の概要 |
1)羽ばたく分子FLAPを用いた蛍光センシングや、2)蛍光粘度プローブとして働くFLAPの細胞内合成など、さまざまな観点からFLAPのバイオ展開を推し進めることができた。研究内容1)として、フェノチアジンイミドはそのままでは折れ曲り構造をもつ無蛍光分子であるが、系中でヒドラジンと反応して、励起状態芳香族性を示す緑色蛍光分子を発生させることがわかった。Baird則によるS1状態における平面化でストークスシフトが大きくなるのが特徴である。一方で、無発光性フェノチアジンイミドは、次亜塩素酸とも反応し、その場合には励起状態芳香族性を示さずにストークスシフトが小さい青色蛍光分子を発生させる。それぞれ、ヒドラジン以外のアミンや、次亜塩素酸以外の酸化剤とは反応性が悪く、蛍光センシングに必要とされる高い選択性と高い感度をクリアしている。すなわち、励起状態芳香族性の発現の有無によって、同一の潜在蛍光プローブ(無蛍光性の前駆体)からマルチ蛍光センシングを可能にした。研究内容2)として、やはり無蛍光性のジベンゾシクロオクタテトラエンのテトラアルデヒド体が、還元型グルタチオン(GSH)と反応して緑色蛍光のFLAP_GSHを発生させることがわかった。ただし、蛍光量子収率が低く可視光波長におけるモル吸光係数も低いため、細胞中で発生しても自家蛍光と競合してしまい、共焦点顕微鏡を用いた細胞イメージングでは明瞭な蛍光染色が見えづらかった。しかしながら、細胞破砕液では確実にFLAP_GSHが生成しており、しかも励起状態平面化を示す蛍光粘度プローブとして働きうることが示唆された。すなわち、細胞内粘度プローブ合成を達成したとも言える。細胞中のグルタチオンは酸化ストレスによって還元型(GSH)と酸化型(GSSG)の平衡存在比を変えているため、GSHの定量と局所粘度の定量を両立することができれば、その意義は大きい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず、これまで水溶性のFLAPは報告されていないが、Nilanjan氏の研究においては様々な水溶性FLAPを開発することができている。さらに、我々が得意とする励起状態コンフォメーション変化の化学と、自身の得意とする蛍光センシングの実験ノウハウをうまく組み合わせることで、実績概要に示したような新しい研究展開へと進めている。実際、新学術「高次複合光応答」の国際シンポジウムではFLAP_GSHに関するポスター発表をしており、2020年秋の光化学討論会では励起状態芳香族性を利用したマルチ蛍光センシングを報告する予定であった(新型コロナにより中止)。常日頃から研究ディスカッションを重ねることで論文報告に向けて着々とデータの収集が進んでいる。また、当初計画にはなかったような、FLAP_Ag錯体の形成による超分子ファイバーが多段階的に形成される過程を蛍光スペクトル変化でリアルタイムに追跡したり、FLAPの両末端にPEGを導入した分子がタンパク質に吸着されることなく蛍光粘度プローブとしての感度を失わないことを示したりと、多岐にわたって有望な研究展開がなされている。一方であえて課題を挙げるとすれば、これまで得られた成果は構造有機化学や光化学の観点からは初となる機能システムであるため基礎科学的に興味深いものの、生化学の観点からは、他の分子系ではできないような価値を提案するレベルにはまだ至っていないと考えられ、さらなる発展的な研究展開が期待される。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに、光化学、芳香族化学、蛍光センシングといった幅広い分野を背景として、上記に示すような数多くの研究展開を進めてきた。1年目としては十分すぎるほどのデータが収集できたため、2年目以降は学術誌への論文投稿に注力し、研究期間中に成果を回収することを最優先とする。特に、生化学的な観点からも新たな付加価値を見いだせる研究展開を意識して、iCeMS影山研究室の磯村研究者(さきがけ光極限)と連携して蛍光イメージングへの応用を試みる。そのためには、1)可視光領域で高いモル吸光係数をもち、2)蛍光量子収率が高く、3)水溶性であり、4)励起状態平面化を示す、5)光安定性が高い、といった高度に最適化された羽ばたく蛍光プローブの探索が必要である。この課題については、当研究室においてFLAPライブラリーが経験的に蓄積されてきており、徐々に分子設計の糸口が見え始めたところである。今後半年間は新型コロナウィルスの影響により関係する学協会における発表機会はほとんどないと考えられることから、学術誌への論文投稿を主なアウトプットとして集中的に取り組む予定である。
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